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力に頼らない体の使い方道場

余計な力はパフォーマンスの邪魔になる、無駄な動きを省いてシンプルな身体の使い方を目指そう

すべての動作の元となる中心軸

身体を動かす上で基準が必要だ。

 

基準がなければ、何に対してどれだけ動いたかがあいまいになり、動きに取りとめがなくなってしまう。

 

その形の元となる中心を貫くラインに体が乗っていることが第一条件だ。

 

このように書くとあたかも中心となるラインが在るかのようだが、その様なものはなく、体のそれぞれが中心となるところに在るからそれがそろうと線の上に乗っているように見えてくる。

 

別の言い方をすれば、地面からのそれぞれの高さの質量中心が一直線に並ぶように身体を整えた時、身体の中心となる軸が生まれる。

 

動きの始まりはすべてこの中心軸からはじめたい。

 

出元が明確であればあるほどその後の動きもはっきりしてくる。

 

だから動くことよりも、中心となる軸が明確になったほうが動きがわかりやすくなる。

 

さて、この中心軸がしっかりしている人はどんな人だろうか。

 

イチローかそれとも坂東玉三郎か?

 

私は一歳前後の立ち始めた赤ちゃんだと思う。

 

立ち始めの赤ちゃんは、筋肉を過剰に緊張させて立っていない。

 

バランスだけである。

 

余計な力を使わず素直に真っ直ぐな状態は、中心軸が安定している。

 

このバランスの取れた状態は、一番シンプルな力の使い方であり無駄がない、しかし一方で力で身体を支えていないので、ちょっとした変化でバランスを崩し倒れたり尻餅をついたりする。

 

大人になるほど体が倒れないように筋肉を緊張させ身体を制御するようになるり、この過剰に緊張させ身体を支えようとする力が余計な力となる。

 

倒れるのは、バランスが崩れるからでバランスが保てていれば安定していることになる。

 

倒れないように力を入れることは、安定している状態に似せているだけで安定とは程遠いと思われる。

 

大人は赤ちゃんの様に、ボテッと倒れるもしくは、身体を制御せずに尻餅をつく事ができるだろうか。

 

大人は倒れないように筋肉を緊張させ、また衝撃を吸収するように動きを調節する。

 

倒れる、または尻餅をつくなんて怖くて、つい力が入ってしまうものだ。

 

この力は安定させようと身体を固めているだけなので、安定ではなく居着いていると言う。

 

安定した中心軸を創るためには、身体を固めようとする居着きをなくさなければならない。