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力に頼らない体の使い方道場

余計な力はパフォーマンスの邪魔になる、無駄な動きを省いてシンプルな身体の使い方を目指そう

有り難いが当たり前にならないように

知人の20歳代女子が朝起きたらいきなりひざが痛み出し、病院に行ったら腫瘍が出来ているとの事。一応良性であるものの転移や悪性化の可能性もあるようで、ひざが空洞化し骨折して初めて気付く事が多いようです。

彼女にとって青天の霹靂であり、今は手術に向けて調整されていました。

この様な話を聞くと健康の有り難さが身にしみて感じられますが、普段何も起こらなければ、それが当たり前になり気にも留めなくなり、健康に意識する機会が減ります。

いくら健康に留意しても病気になる時はなるのでしょうが、健康な状態が当たり前だと思うことと、有り難いと思うことでは身体へのいたわり方が変わってくるように思います。

健康が当たり前になっている時は、ベストな状態をキープしていてこのままの生活を維持すれば病気などありえない感覚でしょう。

健康が有り難いと思う時は、たまたま今現在病気ではないが、いつ何時病気になるかもしれないと思う気持ちだと考えると、前者はポジティブ発想で後者はネガティブに聞こえます。

精神衛生上ポジティブに考えることは大切ですが、当たり前の情況は健康に留意することがおろそかになり、結果的に身体に対して無理や負担を押し付けていることになっているのではないでしょうか。

健康が有り難い、とは健康であることが有りそうに無い、めったに無い、生きていることが難しい情況であり、現代人にはピンと来ない感覚ですが、健康はめったに無いことだと思うと自分が愛おしくなります。

子供の頃、親にどうして年が明けるとおめでとうと云うのか聞いた覚えが有ります。

また年を越せる有り難さと同じく、当たり前にならないように感謝の気持ちを持ちたいものです。

有り難い事が難なく続けることが出来る世の中は、つい当たり前の事と捉えてしまいがちですが、レアなケースと捉えてもおかしくは無いと思います。

その方がどんなことでも感謝出来そうで。

前出の彼女も手術してもらえる事に感謝でしょう。

健康で過ごす事は、めったに無いことが続いていると思うと、心の底から健康に感謝しなければなりません。