力を抜く身体目指し古武術稽古

脱力したら体は動かない、きちんと体を動かせた時力の存在は無くなる。そんな時力が抜けたといえよう。

懐が深いとは、柔らかく使える胸のスペースが広い状態

懐が深いとは、身体感覚を表現した言葉であることは間違いないと思います。

 

広辞苑には、①相撲で、四つに組んだ時、胸の辺りが広くて相手になかなかまわしを与えない。と書かれていて、これは関取が取組時の感覚と捉えることができます。

 

相撲で、四つに組んだ時にお互い胸(懐)を合わせ、まわしを取る形で胸から指先までの距離が長ければ長いほど(深ければ深いほど)まわしが取り易く技を掛ける可能性が高まります。

 

単純に腕が相手より長ければ有利にはなりますが、懐が深いとは腕が長いなどのリーチの問題ではなく、それ以外で有利に働ける身体の特徴です。

 

懐とは、着た着物と胸との間とありますが、相撲での取り組みは着物を着ていませんので、着物ではなくお互い合わされた相手の胸と自分の胸との空間もしくは接点が相撲においての懐と考えられます。

 

ですから、腕の長さではなく相手の胸と自分の胸までの長さ(深さ)で有利に技を掛ける事ができるのです。

 

問題は、相手の胸と自分の胸との隙間はお互い同じで、胸が密着していれば長さ(深さ)は発生しません、しかし、相撲だけにかかわらず、格闘技やスポーツにおいてもこの隙間もしくは接点を制したほうが断然相手より有利に動けるはずです。

 

目に見える表面的な動きではなく、表面には現れない胸の奥で操作される動きが詳細に働いたほうが有利に事が運び、この取り合いが勝敗を決める決め手となります。

 

お互いの胸と胸が創る空間はお互いの最前線で、この最前線でこちらの情報と相手の情報のやり取りが行われます。

 

お互いの情報の中には、相手の身体の位置関係、筋肉の緊張状態、関節の動き、そして相手に接している皮膚感覚から相手の出方を伺います。

 

この感覚は、身体感覚の中でも体性感覚と呼ばれるもので、普通は自分自身の感覚を捕らえる感覚ですが、最前線の接点を通してその感覚を広げ相手の身体の感覚を読み取っているのです。

 

懐では、この様なやり取りが行われる大変重要なスポットで、このスポットをいかに上手に使いこなすかがポイントとなります。

 

上手に懐を使うとなると、懐がより広がりを含む動きが出来ること。

 

前回にも書いたように懐を解剖学的に見ると胸部や胸郭となり、現代医学的には呼吸運動における動きぐらいしかなく、身体能力を発揮する要素はあまり注目されることはありません。

 

一見動かなさそうなところをあえて動かす。

 

そこに、現代における一般的な身体感覚では考えが及ばず、残された言葉だけが使われている今は、精神的な事柄に例えられる事は無理もありません。

 

普通に考えれば、硬い骨が何十本も組まれた鳥かごのようなフレームが普通の関節の様に閉じたり開いたり上下したりするイメージが湧いてこないことは当然です。

 

懐が深いとは、動かないとされている胸部を柔らかく使う(動かす)事で胸部を深く沈ませ、肩先から胸部中央までの距離を広げる事で四つに組んだ時、接点となる胸から指先までの距離が広がり有利な体勢を作る、この広がりを指す言葉だと思います。

 

一千年前の力士は四つに組むにあたって、この懐の深さを競い合ったのではないかと思うと、今の取り組みの様に激しい当たりやダイナミックな投げ技で観客を魅了する様なスタイルではなく、お互いが相手の手の内を読み合う様な情報戦を繰り広げていたと考えると、地味で観ていてもつまらなかったと想像してしまいます。

 

そして、そのやり取りを観ている人は、見えないやり取りを愉しんでいたとすれば、昔の人は、なんという感性を持ち合わせていたと思うと感動すら覚えます。(勝手に)