力を抜く身体目指して古武術稽古中

脱力したら体は動かない、きちんと体を動かせた時力の存在は無くなる。そんな時力が抜けたといえよう。

武術的「相手の力を利用する」介護との共通点

武術における相手の力を利用するとは、相手の力を引き出す事であると前回お伝えしました。

この方法は、介護現場においてもきっと使われていると思っていたら、TVでアイコンタクトの話がありました。

普段は介護を拒否する事がある認知症のお年寄りが、介護の達人にかかるとニコニコ素直に対応する事例を科学的分析と称して色々細かなデータを紹介していました。

視線の合わせ方で相手の態度が変わり(認知症の方でも)、相手の力を引き出した状況を作り出す事が出来るのです。

武術においても介護においても、相手が自発的に動く状況に持ち込む事は共通しています。

そして今回紹介していた「相手の目を見る」事です。

人と話をする時は、相手の目を見て話しましょうと教わった事があります。

それは、相手の話を聞き入れている態度を示しています。

しっかりと相手の目を見て話す事は話の内容だけではなく、話以外の情報を視覚や聴覚から得る事で相手をより受け入れようとする態度と取る事ができます。

そして、話の意味を理解して、その人の話と視覚などの五感から得た態度を総合的に判断してその人が思う意図を探ります。

特に目の周辺の動きは情報が溢れています。

ちなみに、新聞の一面にノーベル賞受賞者を囲むフォーラムの記事があり本庄佑さんと山中伸弥さんの写真が掲載されていましたが、お二人とも知性が溢れています。

きっとフォーラムに出席していても話はチンプンカンプンで理解できないでしょうが、五感から知性を感じ取る事ができます。

特に目や眉間周辺の雰囲気から彼らの頭脳を表している様に思えます。

この目や眉間の周辺は思いや考えが表に現れ、なんとも言えない雰囲気が現れる部位だと思われます。

このスポットに意識を集中する事で、相手の意識や無意識、心の奥底にある思いなどとリンクし易くなるのではないかと考えます。

武術において、相手と対峙する時お互いが相手を取り合います。

相手を取るとは、相手の状態を察知し出方を伺い自らが有利となる様に仕向ける態度とも言うのでしょうか、お互いの関係性を示します。

相手の状態を察知する時、色々な感覚を駆使して相手を捉え、目に見える情報ではなく五感で感じ取る情報を優先します。

その感じ取った情報を頭の中でイメージ化した時に目に見えていなかった物が頭の中で見えて来ます。

それが正中線と云われる身体に通る線の様な抽象的なラインが浮かび上がって来るのです。

そしてお互いがその抽象的な線を取り合い、自らの線を相手の線に割り入る事で相手を崩し、隙を作ります。

この正中線の攻防が武術における相手を取ると言う行為と理解しています。

目に見える情報ではなく、目には見えないが確かにある情報を汲み取り、自らの身体を操作し相手の隙に割り込む事で相手を制御します。

その行為が相手の力を引き出す原動力となるのでしょう。

介護においても、相手の目を見た時に目からの情報を得るのではなく、目線を合わせる事で自分の線と相手の線を一致させることが出来るはずです。

一致すれば、その線のどこからどもまでが自分の線なのか相手の線なのかわからなくなるでしょう。

そしてその線は、逆に共有の線となりお互いが相手を理解し合える一心同体の状態に陥る事になるはずです。

この状態は、痴呆であれ違う生き物であれ生物同士なら成り立つ様に思います。